「海」第100号をいただきました。評論、詩、短歌、俳句、小説、翻訳、エッセイと文芸同人誌のデパートみたいな誌です。どんなレベルのものなのか、小生には言えませんが、活発な文芸活動をなさっているということだけは言えると思います。小生が紹介した人も同人として認められ、作品を発表なさっています。
小説では「未成年」(井本元義さん)が面白かったです。彼の作品は説明と描写が多いですね。そう、会話が少ないのです。あってもアクセサリー的な存在で用いられているような気がしますが、もっと生きたものとして用いた方がいいのではないかと思いました。或る意味では会話も(大きな意味では)説明の一部ですよね。会話でその人物を説明する役目だってあると思うのです。かつて丸山健二文学賞というものがありました。丸山健二が一人で選考していたのですが、彼は会話が嫌いだったようですね。小生も一度応募したことがあるのですけど、徹底的に会話のない作品を選んでいました。会話があったらもう読む気がしないとさえ選評に書いていました。これはどうかな?まあ、そういうスタイルの人もあってもいいとは思いますが、本人の作品には結構会話が使われていましたよね、効果的に。説明文とか描写だけの作品もありますけど、その辺どうなのかな?最初の頃の小生の作品も久保田正文という文芸評論家からその辺のことを「迷っている」と書かれたことがありました。迷ったことはありませんでしたが、その辺の分量加減、やはり「効果的に」という以外にないような気がしますが、どんなものでしょうね。ちなみに「海」は合評会という名目のものは企画にないそうです。書きっぱなし、読みっぱなしということでしょうか。まあな・・・!
昨日、天気がよかったので久しぶりに自転車にのって遠賀川の土手を遡ったら、モモがパンパンに張っている。肉体って知らぬ間に衰えてゆくものなんですね。楽なはずの平坦なサイクリング道路がとんでもいない坂道に思えてなりませんでした。10年ほど前までは軽くペダルを踏んで遠乗りしていたのですが・・・。